煙硝倉跡 (えんしょうぐらあと)


taniyama1薩摩藩の煙硝倉(火薬製造所)があった。薩藩海軍史には安政5(1858)年に島津斉彬が谷山の中塩屋に硝石場を建設したとある。その後文久3(1863)年頃に場所を移し、現在は永田川左岸に角柱に「火神」「山神」「地神」「稲荷」「元治二年乙丑四月吉日建立」と刻まれた碑がある。西南戦争の際、煙硝倉は官軍によって焼き払われ、波ノ平あたりまで類焼した。

所在地 鹿児島市小松原2丁目
出来事 年/150年後 集成館事業(前期) 1858(安政5)
備考 永田川沿い

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