南洲墓地(なんしゅうぼち)


南洲墓地

西南戦争後、政府軍は県令岩村通俊の願いを聞き、西郷隆盛以下40人を浄光明寺の境内に仮埋葬することを許した。このほか120人が、不断光院・草牟田・新照院の上・城ヶ谷の4ヵ所に埋葬された。明治12年(1879)有志の者が鹿児島市内に仮葬されていた220余人の遺骨をまとめて、知事の許可を得て、西郷以下の仮埋葬遺体と共に現在の位置に整然と改葬した。明治16年(1883)薩摩・大隅・日向・豊後などの各地で戦死した遺骨も集められ、この墓地に埋葬された。

ここには749基の墓石があり、明治10年(1877)西南の役に敗れた薩軍2023人の将士が眠っている。西郷隆盛を中心に桐野利秋、篠原国幹、村田新八、辺見十郎太、別府晋介、桂久武の勇将をはじめ、鹿児島県令(初代県知事)大山綱良、わずか14才であった最年少の伊地知末吉、池田孝太郎、児玉5人兄弟や遠く西郷を慕って参加した山形県庄内の伴兼之・榊原政治の2名、福岡、大分、山梨の各県出身者の名も見られる。

昭和30年(1955)、鹿児島県の記念物(史跡)に指定された。

所在地 鹿児島市上竜尾町
出来事 年/150年後
備考 交通/シティビュー 南洲公園入口バス停

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