明治2年以降の鹿児島

  • 明治維新と薩摩藩
  • 2019.03.01

明治2(1869)年、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れた鹿児島に着任した外国人がいる。イギリス人医師のウイリアム・ウイリスで、鹿児島の近代医学発展に貢献した人物である。ウイリスは、鹿児島到着後に医学校と病院を設置し、現在の滑川市場近くには、後に赤倉病院と呼ばれるレンガと石の外壁が見事な建物ができた。

また同じ明治2年には、前田正名や高橋新吉らが尽力した英和辞典である「薩摩辞書」が出版されている。これにより英語を学ぶことが随分と容易になることにつながった。出版者のひとりである前田正名は、後にフランスに留学して「農学」を学び、日本全体の農業振興に活躍することになる。

このように、西欧の知識が直接導入される状況になり、鹿児島のみならず日本は大きく変化していくことになる。ただ、こうした時代の波に乗り切ることにできない旧士族らも鹿児島には多数存在し、こうした閉塞感は西南戦争に連なっていくことになる。明治維新とは鹿児島にとってなんだったのか、次の明治維新200周年までにさらに検証されていくことを切に願いたい。

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