庄内藩と西郷のつながり②

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  • 2018.10.02

東北戦線における庄内藩の余力を残しての降伏は、彼らに対する寛大な処置にもつながりました。ただ、その寛大さは庄内藩士らにとって驚きであったようで、直接降伏に関与した黒田清隆の上司・西郷吉之助に興味が抱かれることになりました。

まず明治3(1870)年11月、庄内藩最後の藩主であった酒井忠篤ら一行約70名が、西郷に会うことを目的として鹿児島を訪れます。酒井公らは翌年の3月まで鹿児島に滞在し、親交を深めました。さらに明治8(1875)年5月にも旧庄内藩士の菅実秀など8名が鹿児島を訪れ、20日間ほど滞在しています。

西南戦争を経て、明治22(1889)年の大日本帝国憲法発布をきっかけとして西郷の賊名が除かれた際、この時を待っていたかのように、かつて親交を結んだ菅実秀が中心となり「南洲翁遺訓」が編纂されることになります。これは西郷の哲学を知る上でも重要な書物ですが、庄内藩士らとの交流がなければ生まれることのないものであったのです。

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