戊辰戦争

  • 明治維新と薩摩藩
  • 2018.10.01

(文:鹿児島市維新ふるさと館特別顧問福田賢治氏)

○鳥羽伏見の戦い
 慶応3年(1867年)12月9日、王政復古が宣言され天皇親政が始まった。その2週間後の12月23日、江戸城二の丸が焼失、これは日
頃江戸市中の治安を攪乱する浪士による仕業だとし、また、江戸の治安にあたっていた庄内藩の屯所に鉄砲が打ち込まれたことから、庄内藩など
約2千人が浪人などの逃げ込む先であった薩摩藩邸を焼き討ちし薩摩藩留守居役の篠崎彦十郎ら50人程が死亡、50人余りが捕らえられ、残り
は停泊していた薩摩船に逃れた。
慶応4年1月3日、将軍慶喜は「討薩の表」を掲げ、諸藩にも出兵を指示し、幕府軍は京都の薩長軍5千の兵を目指して鳥羽、伏見の両街道か
ら進軍、「鳥羽伏見の戦い」が始まった。
しかし新政府は「錦の御旗」を掲げ、近代的装備と訓練された薩長軍を以て対抗、幕府軍はもろくも敗れた。しかも慶喜は、錦の御旗をみて戦
意を失い、会津藩主松平容保らを伴い、軍艦「開陽丸」で江戸へ逃げ帰り、自ら寛永寺に謹慎した。そして大奥の静寛院(和宮)や天璋院(篤姫)
に対し、朝廷へのとりなしを依頼した。こうして幕府軍は一挙に崩壊、政府は近畿以西のすべての地域を支配下に置くことになった。


○ 西郷・勝会談と江戸城無血開城
 慶応4年2月3日「征討の大号令」が発せられ、西郷は大総督府参謀となり、2月15日には東征軍が江戸へ向けて進発した。西郷は薩軍を率
いて東海道を進み、駿府(静岡)へ入った。5日に駿府に入った東征大総督は「3月15日をもって江戸城総攻撃」を全軍に伝達した。
これに対し、幕府は勝海舟を陸軍総裁に任命した。勝海舟は山岡鉄舟に西郷宛の手紙を持たせ、薩摩藩邸焼き討ち事件の際の人質益満休之助を
随行させ、西郷の元へ派遣した。西郷は勝が山岡に託した手紙を読んだのち、徳川氏処置を寛大にするための前提条件として、「江戸城明け渡し」
など七項目を山岡に提示したが、山岡は「将軍慶喜公を臣下の備前藩に預けるのだけは承知できない」と強く主張した。西郷は「慶喜公の処分に
ついては自分一人の考えでは決められないが、自分が責任をもって取り計らうので、とりあえずこの七項目を勝先生に見せてほしい」と山岡に話
して帰した。
その後、西郷・勝会談が、3月13日高輪薩摩藩邸で、14日は田町の薩摩藩蔵屋敷で行われた。勝は護衛もつけず一人で馬に乗ってやってき
た。勝は江戸城引渡しや慶喜の助命、徳川家存続など、改めて条件を付して西郷に提示した。西郷は勝の誠意に応え、その場で「明日の江戸城総
攻撃の中止」を決定して全軍へ伝達させた。西郷は直ちに上京し、「慶喜の死を免ずるよう」新政府の要人たちを説得、また、「慶喜の身柄は水戸
藩にお預け」、「徳川家の存続及びその後継者を田安亀之助( 家達)とする」など、ほぼ勝が提示した条件を満たす形で新政府の了解を取り付け、
急ぎ駿府に帰り大総督にも報告した。
こうして4月11日、江戸城の無血開城が行われたが、大奥では天璋院が納得せず、勝は事前に天璋院説得にも当たった。また、こうした新政
府の処置に不満を持つ幕臣たちは、上野の寛永寺に籠り、「彰義隊」と称して政府軍に抵抗する構えを示したため、政府軍は5月15日、大村益次
郎を総大将として寛永寺を攻撃、一日にしてこれを鎮圧した。西郷率いる薩摩軍は、最も激戦が予想された南面正門(黒門)から進撃しこれを打
ち破った。上野戦争終結後、徳川家には駿河70万石が与えられ、田安家の亀之助が徳川家を継いだ。


○ 「奥羽越列藩同盟」と東北戦争
 東征軍はさらに北上したが、仙台・米沢など東北14藩は白石城に会して輪王寺宮を総裁に立てて同盟を結び、会津藩赦免を新政府に嘆願した
が拒否された。そのため新たに「奥羽同盟」を結び、再度征討の中止を政府に嘆願したがこれも拒否されたことから北越の6藩も加わり「奥羽越
列藩同盟」を結び会津藩、庄内藩も加わり、政府軍と全面対決となった。しかし、装備や兵力に勝る政府軍によって長岡、仙台、米沢が次々降服、
9月22日には会津藩、26日には最後に残った庄内藩も降服して東北戦争は終結した。


○函館戦争
 東北戦争はこうして収まったのであるが、旧幕府海軍副総裁であった榎本武揚は、江戸城開城と同時に8月19日、「開陽丸」など幕府の軍艦
4隻で館山を出港して10月20日函館に上陸し、五稜郭を拠点に北海道全土を支配した。これには新選組副長の土方歳三や旧幕臣の大鳥圭介を
はじめ、約2千人余りが同行した。このため政府は、翌年(明治2年)3月黒田清隆を参謀として5月海陸両面から五稜郭攻めを敢行させ、黒田
は降服するよう説得し5月18日、ついに榎本、大鳥はじめ数百名が降服、函館戦争は終結した。黒田は榎本武揚の人物にほれ込み、自ら坊主と
なって助命嘆願したため、榎本は死罪を免れた。

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