鳥羽・伏見の戦い~その②

  • 明治維新と薩摩藩
  • 2018.02.06

旧幕府軍の長である徳川慶喜は、この戦いに際して「討薩の表」を発表して大坂から京都へと街道を進軍させた。朝廷を敵とする意識ではなく「君側の奸を除く」こと、つまり朝廷周辺から薩摩藩を追い出すことを目的として戦いであった。そのような旧幕府軍に衝撃が走る。

戦闘開始から3日目となる1月5日朝に、皇軍であることを示す錦旗を掲げた薩摩藩の一小隊と仁和寺宮嘉彰親王が本陣である東寺を出発する。その錦旗の登場は、まず薩摩軍の士気を鼓舞させることになった。

次に旧幕府軍には精神的な圧力となった。ちなみに錦旗は、薩摩軍側は見たという記録があるが、旧幕府軍側が見たという記録はない。噂が噂を呼んで広がったとされている。その錦旗を実際見ていないにも関わらず、一番衝撃を持って受け止めたのは、大坂城にあった徳川慶喜であった。

そして1月6日夜、徳川慶喜は大坂城をひそかに抜け出し、軍艦で江戸に戻ることになる。

こうして鳥羽伏見の戦いは、薩摩藩や長州藩を中心とした官軍の勝利で幕を閉じることになる。

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