鶴丸城跡 (つるまるじょうあと)


tsurumaru1鹿児島城。慶長7(1602)年に島津家第18代家久によって築城。集成館事業においては、城内製錬所(開物館)に反射炉のひな型が造られ、反射炉の実験が着手された。廃藩置県後、一時熊本鎮台の分営となっていたが、明治6(1873)年に本丸焼失。明治10(1877)年、西南戦争の際二の丸の殿舎も焼失。その後、第七高等学校(のちの鹿児島大学)が置かれた。

所在地 鹿児島市城山町
出来事 年/150年後 集成館事業 1851(嘉永4)
備考 現・鹿児島県歴史資料センター
黎明館・鹿児島県立図書館等

近くの史跡めぐり

  • 2018年大河ドラマ 西郷どん
  • 明治維新と薩摩藩
  • 動画で見る明治維新
  • 西郷どんも知らない!?鹿児島市
  • 西郷隆盛ゆかりの地
  • もっと知ろう明治維新