千眼寺跡 (せんげんじあと)


城西1万徳山千眼寺。島津家第25代重豪によって、文化2(1805)年に荒田村からここに移された。千眼寺は、禄高300石、京都の万福寺につながる黄檗宗の寺。文久3(1863)年の薩英戦争に際しては、海に近い鶴丸城ではなく当地に本陣が置かれ、島津久光・忠義親子が指揮をとった。
慶応2(1866)年、廃寺後は建物の一部を磯に移し、イギリス人技師の仮宿舎として利用した。

所在地 鹿児島市常盤2丁目
出来事 年/150年後 薩英戦争 1863(文久3)年/2013(H25)
備考 個人宅
鹿児島紡績所竣工

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