赤倉病院の跡 (あかくらびょういんのあと)


上町9明治元(1868)年、薩摩藩は医学校を浄光明寺跡(現在の南洲公園)につくり、翌年英国人医師ウィリアム・ウィリスを招き校長兼病院長とした。ウィリスは文久年間より鹿児島とゆかりがあり、薩英戦争ではイギリス人負傷者の治療を、鳥羽・伏見の戦いでは、薩摩藩の負傷者の治療にもあたっている。その後、医学校は小川町滑川沿いの赤レンガづくりの洋館へ移り明治10(1877)年まで多くの医学生を育てた。この建物が倉庫のように見えたので、赤倉病院と呼ばれた。

所在地 鹿児島市小川町
出来事 年/150年後 鹿児島医学校開設 1868(明治元)年/2018(H30)年
備考 「桜島桟橋通」電停前
「赤倉の跡」

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